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いとしのシンディ

 戦後、復興したビクター・レコードが
S盤で発売した数々のレコードは
明るい文化の象徴でもあった。
 そんな中でエディ・フィッシャーは
「エニー・タイム」、「スペインの姫君」、「オー・マイ・パパ」、
「アイ・ニード・ユー・ナウ」など
次々とヒットを放ち、
ポップス界をリードしていった。
 伸び、張りのある声は大きな魅力だった。
そんな彼が1957年に放ったヒットが
「いとしのシンディ」だった。
50年代アメリカン・ポピュラー・ソングの王道を行く、
しゃれた、若さもある
ポップ・ヴォーカル・ナンバーだった。
 この当時のエディ・フィッシャーの録音の
ほとんどの伴奏は
ユーゴー・ウインターハルター楽団がつけていた。
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by musicsfukuoka | 2007-02-27 16:11 | 洋楽

アイ・ウォント・ユー、アイ・ニード・ユー、アイ・ラヴ・ユー

 エルヴィス・プレスリーの
「アイ・ウォント・ユー、アイ・ニード・ユー、アイ・ラヴ・ユー」が登場。
1つ前の「ラヴ・ミー・テンダー」が
日本初の大ヒットとなり、
東京の「ユア・ヒット・パレード」では
1月、2月にかけて2週間
マンモス・ヒット「エデンの東」を押さえて
堂々の1位を獲得した。
しかし、これは「ラヴ・ミー・テンダー」が
日本人にもお馴染みのメロディー
「オーラ・リー」が原曲ということも
大きく影響していたのではないかと思う。
「ラヴ・ミー・テンダー」に続くヒット
「アイ・ウォント・ユー、アイ・ニード・ユー、アイ・ラヴ・ユー」は
また元に戻った感じで、
ベスト・テン入りがやっとという感じだった。
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by musicsfukuoka | 2007-02-12 18:39 | オールディーズ

ブルースを唄って

 1956年12月新譜で
マーティ・ロビンスの「ブルースを唄って」が発売された。
1957年3月新譜で
ガイ・ミッチェルによる同曲が発売された。
アメリカでもマーティ・ロビンス盤が先に発売された。
しかし、ヒットせず、後から発売された
ガイ・ミッチェル盤がチャートに先に登場した。
マーティ・ロビンスの「ブルースを唄って」は再発売され、
ガイ・ミッチェルに1週遅れでチャートに登場した。
ガイ・ミッチェル盤は1位まで上り詰め
10週間王座を守った。
マーティ・ロビンス盤は17位まで上がった。
日本ではレコードが先に発売された
マーティ・ロビンス盤が1957年1月末からヒットし始め
後にガイ・ミッチェル盤もラジオで流れはじめた。
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by musicsfukuoka | 2007-02-07 16:52 | 洋楽