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1956年6月の出来事から

10日
  日本、サッカーのメルボルン・オリンピック
  出場決定

25日
  「春の海」などで知られる琴の演奏家
  盲目の「宮城道雄」、公演に向かう途中
  列車から転落して死亡。

29日
  マリリン・モンローとアーサー・ミラー結婚
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by musicsfukuoka | 2006-06-29 18:29 | オールディーズ

40年前はビートルズの来日。では50年前は?

 世間では40年前、1966年6月
ビートルズが来日したと
大騒ぎしていますが、
何か忘れてはいませんか、ってんだ。
 50年前、1956年6月20日
エルヴィス・プレスリーの記念すべきレコード
「ハートブレイク・ホテル」が発売された。
 「ハートブレイク・ホテル」は
エルヴィスにとっては日本においては
「忘れじのひと/ミステリー・トレイン」に続く
2枚目のSP盤だった。

 東京・文化放送の「ユア・ヒット・パレード」には
6月に初登場している。
6月23日付けで第15位。30日付けでは17位。
この新しいロックン・ロールにとまどいを表しているようだ。
7月に入っても7日付け15位、14日付け14位と
爆発的ヒットには至らなかった。
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by musicsfukuoka | 2006-06-26 15:44

「愛情物語」のヴォーカル・ヴァージョン

  「愛情物語」には
ネッド・ワシントンが作詞をした
ヴォーカル・ヴァージョンがある。
 ヴォーカル・ヴァージョンは
そのまま「愛情物語」の邦題のものもあるが、
「永遠の恋に寄せて」あるいは
「永遠の愛に寄せて」の邦題がついたものもある。
 いずれにしろ、
ヴォーカル・ヴァージョンは
最近ではほとんど聴かれないが、
アメリカのヴァリーズから出た
More Greatest Hits に収録されている。
このCDも発売から10年を経過しているので、
入手は難しいかも。 
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by musicsfukuoka | 2006-06-22 15:20 | オールディーズ

EP盤

 1956年はまだSP盤の時代だったが、
塩化ビニールのレコードが開発され、
ドーナッツ盤も発売をスタートしていた。

 ドーナッツ盤というと
A、B面にそれぞれ1曲ずつの
シングル盤のイメージが強いが、
ドーナッツ盤初期の1956年ごろは
シングル盤と同じ17cm45回転で、
片面に2曲ずつ入ったレコードが、
むしろシングル盤より
積極的に発売されていた。
こちらはEP盤という。

 「愛情物語」はLP盤も発売され、
もちろんSP盤、ドーナッツ・シングル盤も発売されたが、
EP盤も出ている。
 LPは12曲入りだが、
EPは4曲入り3枚、
バラ売りで、EP3枚で、
LPの全12曲が揃うようになっている。
 LPは1700円、EPは600円だった。

 「愛情物語」のヴォーカル・ヴァージョン、
フォー・エイセスも、ボブ・マニングもEP盤で出た。
ボブ・マニングのRCAのEP盤は700円だった。

 私がレコードを集めはじめた時には、
もうEP盤の発売はほとんど行われていなかった。
旧譜もほとんど廃盤になっていた。
私が集めはじめたころ、
ビクターのワールド・グループが
同じEP盤でも、片面3曲入りの
新シリーズを発売したが、
長く続かず、短期間で姿を消した。
 むしろ、コンパクト盤と呼ばれる
17cm33回転盤の発売が積極的になった。
私個人的には、
音が悪く、取扱いにくいコンパクト盤より、
EP盤の方が好きだったが、
EP盤は中古盤で何枚かを手に入れただけだった。

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ビクターのEP盤
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by musicsfukuoka | 2006-06-19 19:49 | オールディーズ

愛情物語

 6月にヒット・パレードに入ってきた
曲の1つに「愛情物語」がある。
前月に公開された同名映画のテーマ曲。
 映画はピアニスト、エディ・デューティンの
生涯を描いた作品で、
エディ・デューティンにはタイロン・パワーが扮し、
彼が演奏するピアノは
カーメン・キャヴァレロが吹き替えた。

 日本ではラジオのヒット・パレードの
スタート当初から映画音楽の人気が強く、
日本独自の特徴となった。
 「愛情物語」もサウンド・トラック演奏をした
カーメン・キャヴァレロのレコードがヒットしたが、
アメリカでは彼の演奏ではヒットしていない。
 「愛情物語」のメイン・テーマは、
エディ・デューティンが生前よく演奏していた
ショパンの「夜想曲第2番変ホ長調」を
映画で音楽監督をしたモーリス・ストロフと
監督のジョージ・シドニーが編曲した。
 ネッド・ワシントンが歌詞を書いたが、
映画では歌われなかった。
 しかし、アメリカでヒットしたのは
この歌詞があるヴァージョンで、
フォー・エイセスのコーラスで43位まで上がった。
 日本でも当時は圧倒的人気の
カーメン・キャヴァレロ盤と共に
フォー・エイセス盤や、
S盤で発売になったボブ・マニングの
ヴォーカル・ヴァージョンがオン・エアされたが、
今日ではヴォーカル・ヴァージョンはほとんど聴かれない。
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by musicsfukuoka | 2006-06-13 16:15 | オールディーズ

サム・テイラーのCD

 2002年にユニバーサルから
「ベスト・セレクション」というベスト盤が発売された折、
何枚かの選曲、解説書きを担当させてもらった。
その中の1枚にサム・テイラーがあった。
 サム・テイラーの日本歌謡曲の演奏は別として、
代表作のほとんどはMGMにある。
1962年頃にMGMからデッカに移籍している。
 現在、ユニバーサルはMGMも
デッカの音源も管理しているので、
サム・テイラーはMGM録音と、
デッカ録音を1枚のアルバムに収録出来る。
このことが、後にちょっと
ややこしい結果を作ることになったのだが。

 サム・テイラーのベストを組むに当り、
MGMとデッカの両音源を使うことにした。
最大のヒットである「ハーレム・ノクターン」と
「ダニー・ボーイ」はもちろん
MGM録音がオリジナルなのだが、
これはことあるごとに、
オムニバス盤などにも収録されたし、
このベスト盤が発売される時期にも
カタログに残っていたから、
ここでは比較的入手が困難だった
デッカ録音を収録することにした。
そして同じデッカ録音の曲を
全22曲中12曲収録することにした。
 1~12曲目をデッカ音源、
13~22曲目をMGM音源とした。
これで会社からOKをもらい、
解説を書いて渡した。

 この「ベスト・セレクション」シリーズの中に、
やはり担当させてもらった
ベルト・ケンプフェルトのベストがあり、
これには日本で当時話題となった
「~~ブルース」のタイトルがつく曲を
すべて収録することにした。
マスター・テープも確認できた。
日本初CD化の音源もあり、好評だった。
この「~~ブルース」の曲は
CDのはじめの方にまとめて、目立つようにした。

 一方サム・テイラーの方も、
デッカ録音使用で特徴をつけようと思った。
加えて曲目でも何か目立つことをと考えた末、
サム・テイラーが来日した折、
日本でヒットしていた「黒い傷あとのブルース」を録音し、
MGMから発売したのと、
この「黒い傷あとのブルース」の
オリジナルのヒットを受けて
レコード会社がすでに別の邦題を持つ曲に
無理矢理に「白い夜霧のブルース」というタイトルを付け、
これをまあまあのヒットにさせた。
さらに悪のりではないが
「青い灯影のブルース」というタイトルの曲も出した。
いい曲だったが、さすがに
柳の下に三匹目のどじょうはいなかった。
 サム・テイラーはこの「~色~~ブルース」の
3曲とも日本で録音した。
そこでMGM音源にこの3曲をフィーチャーすることにした。
 原稿の校正にも目を通して渡した。
ところが、商品化されたCDでは、
「ハーレム・ノクターン」と「ダニー・ボーイ」(いずれもデッカ録音)の
二大代表曲を1曲目、2曲目に据え(これは当初の予定通り)、
3曲目から5曲目をこの「~色~~ブルース」に置き換え、
目立つようにしていた。
私が書いた解説の曲順も変えてあった。
ところが、もう一歩の詰めが甘かった。
曲の解説の順番は適正に処理されたが、
その前文の部分がそのままにされていた。
前文の部分に「このCDはMGM時代と、
1962年ころに移籍したデッカ・レコード時代の録音から
選曲したベスト・アルバム。
1~12曲目までがデッカ録音、
13~22曲目はMGM録音。
13、16,19曲目は1961年の日本録音。」と
書いていたのがそのままになっていた。
気がききすぎて間が抜けた結果になった。
CDは一度市場に出たら、訂正が出来ない。

 このCDをお持ちの方は次のように訂正をお願いします。
「このCDはMGM時代と、
1962年ころに移籍したデッカ・レコード時代の録音から
選曲したベスト・アルバム。
1~2曲目、6~15曲目がデッカ録音、
3~5曲目、16~22曲目はMGM録音。
3~5曲目は1961年の日本録音。」
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by musicsfukuoka | 2006-06-02 15:30 | オールディーズ