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1956年3月の出来事から

 銚子市教育委員会の調査で、
市内小中学生94人が、
年季奉公中とわかった。
大半が人身売買されたらしい。
まだ、そんなことが残っていた時代だった。

 日本住宅公団
(まだ UR ではない)
千葉、大阪で
入居者を始めて募集した。
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by musicsfukuoka | 2006-03-31 17:31 | 洋楽

3月24日付「ユア・ヒット・パレード」(東京・文化放送)

 1位 エデンの東
 2位 16トン
 3位 慕情
 4位 レッツ・ダンス
 5位 月光のセレナーデ
 6位 ばらの刺青
 7位 マンボ・バカン
 8位 明日にまた
 9位 あなたの想い出
10位 グッドバイ

11位 想い出はかくの如く
12位 パリのバラッド
13位 ドント・ビー・ザット・ウェイ (その手はないよ)
14位 恋する女
15位 シング・シング・シング
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by musicsfukuoka | 2006-03-25 15:26 | オールディーズ

アメリカにおける「ハートブレイク・ホテル」

 「ハートブレイク・ホテル」がビルボードの
The TOP 100 に初登場した日、
サン・レコードのカール・パーキンスによる
「ブルー・スウェード・シューズ」も
83位で初登場している。
 しかし、翌週10日付けでは
「ハートブレイク・ホテル」が
28位まで上昇したのに対し、
「ブルー・スウェード・シューズ」は
エルヴィスを追い越して23位まで上がった。
 以後、この2曲は競って、
抜きつ抜かれつのデッド・ヒートを展開した。
「ブルー・スウェード・シューズ」が、
一歩リードという感じだったが、
結果的には「ハートブレイク・ホテル」が
1位まで到達したのに対し、
「ブルー・スウェード・シューズ」は
4位までしか上がらなかった。
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by musicsfukuoka | 2006-03-12 16:13 | オールディーズ

エルヴィス・プレスリー初登場

 1956年3月当時、
アメリカの音楽業界誌ビルボードのチャートは
どちらかといえば、
レコードの売り上げをもとにした
"Best Sellers In Stores" と、
ジューク・ボックスでのプレイ回数の集計による順位
"Most Played In Juke Boxes" 、
そして、ラジオでのオンエア回数によって順位を決定した
"Most Played By Jockeys" がメインだった。
 前年の11月12日号から始まった
"The TOP 100" は
この3つのチャートを総合したものだったが、
現在の HOT 100 ほどの権威は持たなかった。
 無理もないことで、
スタートしてまだ4ヶ月たらずだったから。

 ちょっと脱線するが、
日本の音楽誌にも大々的ではないが、
アメリカのヒット・ソングということで
この順位が紹介されることがあったが、
雑誌によって、"Best Sellers In Stores" のチャートだったり、
"Most Played By Jockeys" のチャートだったりした。
これはビートルズが登場して、
ビルボードのチャートが
一般の音楽ファンに認知されるようになっても続いた。
同じ日付のランキングでも番組によって
順位が違うことが多々あった。
当時は、このようにいくつもの
チャートがあるなんて知らなかったし、
使用しているデータがどのランキングかまで、
詳しく紹介する番組はほとんどなかったから、
私は混乱した。

1956年3月3日。
サン・レコードからRCAに移籍した
エルヴィス・プレスリーの
メジャー・デビュー・ヒットが初登場した。
The TOP 100 で「ハートブレイク・ホテル」が
68位でニュー・エントリーした。
 カントリーのチャートではすでに
サン・レコードの時代に入ったことがあったが、
このRCAが事実上のデビュー曲である。
しかし、この週は18曲の初登場曲があったが
「ハートブレイク・ホテル」の上に
6曲ものニュー・フェイスがあった。
 初登場最高位は黒人の曲を白人がカヴァーした
ゲイル・ストームの「恋は曲者」で37位、
他にロジャー・ウイリアムスの
「海の彼方に~ラ・メール」が41位、
ダイアモンズの「恋は曲者」が48位、
テレサ・ブリューワーの
「ボ・ウィーヴィル」が54位、
デイヴィド・キャロル楽団の
「明日にまた」が63位、
フランク・シナトラの
「ユール・ゲット・ユアーズ」が67位と、
「ハートブレイク・ホテル」より
上位でデビューしている。
 ちなみに "Best Sellers In Stores"
"Most Played In Juke Boxes" 、
"Most Played By Jockeys" は
いずれも20位までのスケールで
順位が発表されているが、
どれにも「ハートブレイク・ホテル」は入っていない。
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by musicsfukuoka | 2006-03-11 17:34 | オールディーズ

「野郎どもと女たち」のレコード

 「野郎どもと女たち」の映画では15曲が歌われた。
マーロン・ブランドとジーン・シモンズの歌は、
それぞれのソロが1曲ずつと、
デュエットが3曲あった。
 このうちデュエット3曲と、
マーロン・ブランドのソロ1曲は
デッカ・レコードからEP盤で発売されたが、
他の曲はフランク・シナトラが
別の会社の専属関係などもあって、
まとまったサウンド・トラックLPとしては発売されなかった。

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 アルバムとしてはイギリスで
「コール・ミー・マダム」とのカップリングで発売されただけだった。
 日本では当時、デッカ・レコードと契約していた
テイチクが4曲入りEPを発売した。
やがてデッカ・レコードはMCAとして再生する。
日本でも日本ビクターが新しく契約を交わした。
そして1975年にデッカの貴重な録音をまとめた
「ハリウッド玉手箱」というLP5枚組の
ボックス・セットが発売された。
このセットは高い評価を呼び、
ぜひCD化を、との声も多く、ついにCD化もされた。
しかし、CD化にあたり、11曲が
権利の関係で収録できなくなっていて、
他の曲に差し替えられた。
その中の1曲に「野郎どもと女たち」から選ばれた
マーロン・ブランドとジーン・シモンズのデュエットによる
「恋する女」も入っていた。
 「野郎どもと女たち」はブロードウェイで何度も上演され、
その都度オリジナル・キャスト盤が作られたりしたが、
結局マーロン・ブランドの映画版は
EP盤が発売されただけだった。
 CDの時代になって、レコード盤起しの
マニア向けCDとして出たことはあるが、
公式盤としては出たことがない。欲しい。
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by musicsfukuoka | 2006-03-09 16:21 | オールディーズ

「野郎どもと女たち」

 1956年はミュージカルの当たり年でもあった。
この年4月に公開された
ミュージカル映画「野郎どもと女たち」は、
マーロン・ブランド、ジーン・シモンズ、
フランク・シナトラ共演で、
珍しくマーロン・ブランドが歌っている。

 この映画公開を前に、
サウンド・トラックEPが発売されると
マーロン・ブランドとジーン・シモンズの
デュエットによる「恋する女」がヒットしている。
 東京文化放送の「ユア・ヒット・パレード」では
3月にチャート・インし、
3月のうちにベスト・テン入り、
4月には最高3位まで上昇している。
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by musicsfukuoka | 2006-03-08 14:49 | オールディーズ

当時のレコード

 1956年前半
ヴィニール製ドーナッツ盤の
発売はごく一部で、本格的発売は
1956年後半から1957年にかけてだった。
45回転ヴィニール盤では
4曲入りのEP盤の方が
一歩リードしていた。
 1956年前半はまだ
SP盤主流の時代だった。

1956年前半における
レコード各社発売シリーズ
●コロムビア SP
 L、M、S、SW、F、ME
●コロムビア EP
 EM
●MGM SP
 MGM
●MGM EP
 EMG
●エピック EP
 NEP
●ビクター SP
 S、A
●ビクター EP
 EP
●ビクター ドーナッツ
 ES
●ポリドール SP
 P
●コーラル SP
 C
●ロンドン SP
 RB
●ロンドン EP
 LEB
●ロンドン ドーナッツ
 LEC
●キング(アンコール) SP
 CL
●キャピトル SP
 Z
●キャピトル EP
 CEC
●デッカ SP
 DE
●デッカ EP
 DEP
●デッカ ドーナッツ
 D45
●エンジェル SP
 HH、OH、PH
●エンジェル EP
 HT、OT、PT
●マーキュリー SP
 J
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by musicsfukuoka | 2006-03-02 16:00 | オールディーズ