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マンボ・バカン

 1956年1月にチャートに登場した
ソフィア・ローレンの「マンボ・バカン」。
 これはソフィア・ローレン主演の映画
「河の女」の主題歌。
 折からのマンボ・ブームにのって
作られた歌で、映画の中では
ソフィア・ローレンがマンボを踊るシーンもあった。
 この映画「河の女」でソフィア・ローレンは
一気にブレイクした。
 歌も歌える女優として、
スターの仲間入りを果たした。
この映画に出演した当時の
ソフィア・ローレンは20才だった。
 「マンボ・バカン」はビクターのS盤で発売され、
大ヒットになった。
伴奏アルマンド・トロヴァヨーリ楽団。

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by musicsfukuoka | 2006-01-30 15:45 | オールディーズ

1956年1月の出来事から

1月15日、大阪・千日前の大阪劇場で、
美空ひばり公演の入場券を求める
ファン約2000人が窓口に殺到し、
将棋倒しとなり、死者1名、
重軽傷者9人の惨事となった。

1月23日、石原慎太郎の
「太陽の季節」が芥川賞を受賞。

1月26日、イタリアで冬季オリンピック開幕。
31日に行われた男子回転で
猪谷千春選手、銀メダル獲得。
この時の金メダルはトニー・ザイラーだった。
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by musicsfukuoka | 2006-01-29 14:01 | オールディーズ

ベニー・グッドマンのレコード、CD~続き

 ベニー・グッドマンのレコードは
映画「ベニー・グッドマン物語」にちなんだ
アルバムとしては、
コロムビア、ピクター、キャピトル、
デッカの各社が出しました。
 
 デッカはサウンド・トラック盤として
ベニー・グッドマン本人の演奏、
キャピトルは音の良さを売りものに、
映画の中で演奏された曲を収録、
アルバム・タイトルも
「ベニー・グッドマン物語」にしました。
当時、キャピトルは
キング・レコードと契約していましたが、
後に東芝に発売権が移り、
東芝も再発売しましたし、
当時ラジオのヒット・パレードで
人気のあった「レッツ・ダンス」は
キャピトル盤で、シングル盤でも
再発売しました。

 ビクターとコロムビアは
手持ちの音源から
映画で使われた曲をまとめて
アルバムとしました。
「あなたの想い出」は1939年と、
録音は古いのですが、
コロムビア盤が最もよく
ラジオでかかっていたと思います。

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(再発売盤~東芝、キャピトル盤)








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(CD、上段左~ビクター盤ベスト、右、CBS盤[ソニー]ベスト
下段左、中~サウンド・トラック盤、右~キャピトル盤)
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by musicsfukuoka | 2006-01-28 17:06 | オールディーズ

ベニー・グッドマンのレコード

1948年にアメリカ、コロムビア・レコードが
LPレコードを開発しました。
翌1949年にはアメリカ、ビクターが
ドーナッツ盤を開発しています。

 日本で初めてLPが発売されたのは1951年です。
本格的な発売がはじまったのは
1954年からです。
日本コロムビアが1953年から発売を始めた
30cmLPのPL-5000シリーズの第1回発売、
PL-5001は「ベニー・グッドマン・トリオ」。
つまりベニー・グッドマンは日本では
映画「ベニー・グッドマン物語」が公開される前から
よく知られたアーティストだったのです。

 1954年からはシングル盤も発売がはじまりました。
17cm45回転盤は、最初は片面2曲入りが主流でした。
このスタイルのレコードはEP盤と呼ばれます。
EP盤とシングル盤は違います。
シングル盤は、その名の通り、
片面1曲入りのレコードです。
ドーナッツ盤とも言いますが、
EP盤もドーナッツ盤と同じ形状です。

 日本コロムビアから発売されたEP盤、
EM-1シリーズの第1回発売、EM-1は、
これもベニー・グッドマンの「アンディサイデット」でした。
演奏時間が長いので片面1曲です。
ベニー・グッドマンのEP盤は
EM-12、EM-56、EM-85の3枚が
1955年までに発売されました。
1956年には1月新譜として6曲入りの
EM-92「ベニー・グッドマンの黄金時代その1」、
5曲入りのEM-93「ベニー・グッドマンの黄金時代その2」、
「シング・シング・シング」をAB面に収録した
EM-94「ベニー・グッドマンの黄金時代その3」、
カーネギー・ホール・コンサートのライヴ盤からの
EM-100「ベニー・グッドマンの黄金時代その4」、
「レッツ・ダンス」、「あなたの想い出」、
「スリップ・F・ディスク」、「グッドバイ」を収めた
EM-101が発売される人気。
これは映画の公開前の盛り上がりというところです。
さらに翌2月新譜として
EM-95「ベニー・グッドマン・コムボ傑作集」も
発売されています。以上はすべてコロムビアです。

 キャリアの長いベニー・グッドマンの録音は
コロムビアだけではありません。
ビクターにもあります。日本ビクターも
1954年からEP盤の発売を初めています。
EP-1011、EP-1057の他、
オムニバスEP盤も何種類かを
1955年までに発売しています。
またこちらも1956年1月新譜として
2種類のEP盤も出しています。

 さらに新発足したキャピトル・レコードも
最新技術による高音質の録音で、
ベニー・グッドマンのLP、EPを発売しました。
これは映画の公開に合わせた企画でした。
その上、映画のサウンド・トラック盤も発売されるなど、
「ベニー・グッドマン物語」に関わる
レコード合戦は準備完了でした。
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by musicsfukuoka | 2006-01-27 14:54 | オールディーズ

ベニー・グッドマン・ブーム

 1956年の洋楽ヒットを検証しています。
この年の1月早々に
映画「ベニー・グッドマン物語」が公開されています。

 当時人気だったラジオのヒット・パレード番組の中でも、
影響力を持っていた
東京、文化放送の「ユア・ヒット・パレード」は
最初から映画に注目しており、
効果はすぐ現れました。
以後、日本のヒット・チャートは
アメリカのそれとは大きく異なる
日本独自の映画音楽に強いチャートとなりました。

 1954年の1月に公開されて大ヒットし、
その音楽もまた大ヒット、
さらに2年に渡るロング・ヒットになった
「グレン・ミラー物語」、
その大ヒットを受けて、
同じ音楽映画「ベニー・グッドマン物語」も
期待を集めました。
そして映画に先行して
前年から「レッツ・ダンス」がヒットしはじめ、
続いて映画公開に合わせるように
1956年1月から「その手はないよ」、
「グッドバイ」、「あなたの想い出」が
ヒットしはじめました。 
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by musicsfukuoka | 2006-01-25 15:48 | オールディーズ

例えば「セレソ・ローサ」(2)

 S盤、S-131で発売された「セレソ・ローサ」は
1953年に吹き込まれたものです。

 1953年のペレス・プラード楽団といえば、
アメリカでは「アンナ」が、
1954年には「スコキアン」が小ヒットした位で、
まだブレイクはしていませんでした。
しかし、注目を集め始めていて、
映画「海底の黄金」への出演が決まり、
そこで「セレソ・ローサ」を演奏します。

 これを機会に、1954年8月にニューヨークで
「セレソ・ローサ」を改めて録音、
シングル発売されて、
アメリカではベスト・セラーズのチャートで
10週間も1位を記録するほどのヒットとなりました。

 これを受けて日本でもこの新録音による
「セレソ・ローサ」がS-174で発売されました。
まだSP盤の時代のころの話です。

 つまり日本でマンボ・ブームを確立した
「セレソ・ローサ」はS-131、'53年ヴァージョンで、
アメリカで大ヒットしたのはS-174、
'54年ヴァージョンとなります。

 しかし、現在、この日本でブームを作った、
トランペットのハイノートが印象に残るS-131、
'53年ヴァージョンは入手が困難となっています。
 CD復刻されるのはほとんどがS-174、
'54年ヴァージョン。
 さらに、これらはいずれもモノーラル録音で、
ステレオの時代になって、
1959年12月にペレス・プラードは
ハリウッドでステレオでも完成度の高い録音をしました。
CD復刻ではこの'59年ヴァージョンが
収録されることもあります。

 アナログの時代の代表的コンピレイション、
「懐かしのS盤アワー・ヒット・パレード」(RA-5032)、
「S盤アワーの歴史」(RA-5436-9)等には
S-131、'53年ヴァージョンが収録されていましたが、
CDの時代になって、同じような内容のコンピレイション、
「ベスト・オヴ・S盤アワー50s」 (BVCM-37410)、
「50sポップス・ベスト・セレクション」(BVCP-8748)、
「メガ・ヒッツ'50s」 (BVCM-2601)等には
S-174、'54年ヴァージョンが収められ、
'53年ヴァージョンはほとんど姿を消しました。
また「S盤アワー Vol.1」(B23D-41073)、
やペレス・プラードのベスト・アルバム(B23D-41067)には
'59年ヴァージョンが収録されています。
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by musicsfukuoka | 2006-01-23 15:53 | オールディーズ

例えば「セレソ・ローサ」(1)

 例えば1955年のヒット曲に
ペレス・プラード楽団の「セレソ・ローサ」があります。

 ペレス・プラードは
1952年4月からスタートした人気番組
「S盤アワー」のオープニング・テーマで
「エル・マンボ」が使われるほど、
レコード会社の期待の星でした。

 その期待通り「マンボNo.5」(S-59)が
大ヒットになりました。
そして発売された「セレソ・ローサ」(S-131)。
これらのヒットによりマンボ・ブームが起こりました。

 私はといえば、
当時はこれらの曲を聴いた覚えはありますが、
まだ曲目や演奏者などには関心がなく、
知りませんでした。
1959年ころからポップスに目覚め、
すぐに気に入ったペレス・プラード楽団の
「パトリシア」をきっかけに、
それ以前の曲を調べるうち、
ああ、この曲が「セレソ・ローサ」かとか、
この曲を演奏していたのは
ペレス・プラード楽団だったんだとかいうことを
知るに至りました。

 1955年の「ミュージック・ライフ」誌の
9月5日現在に於ける人気投票の中間発表で
SPレコードの部門で1位は
ペレス・プラード楽団の「マンボNo.5」(S-59)、
第2位もペレス・プラード楽団の
「セレソ・ローサ」(S-131)と出ていることからも
分かるとおり大変な人気だったのです。
ちなみに3位はシルヴァーナ・マンガーノの「アンナ」、
4位はペギー・リーの「ジャニー・ギター」、
5位はグレン・ミラー楽団の「ムーンライト・セレナーデ」、
6位はローズマリー・クルーニーの
「マンボ・イタリアーノ」でした。
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by musicsfukuoka | 2006-01-22 16:25 | オールディーズ

正しい音源を使って

 昔のヒット・ソングを紹介する音楽番組などで、
懐かしいですねといいながら、
何年も後に再録音された音源などが
流れることがありますが、
このような場面に出会うと
興ざめしてしまいます。
演奏者と曲目が同じならいいというのは、
あまりにも安易な考えと思います。
同じ「味ご飯」でもチャーハンもあれば、
炊き込みご飯もある、寿司もあります。
これらを同じとみるようなものです。

 昔のことは実体験がなければ
知らないのが当たり前です。
しかし、昔のことをテーマに音楽番組を作るなら、
せめて慎重に音源や、
関係事柄を調査してからに
すべきだと思います。

当然、放送局といえども
音源がすべて揃っているわけではありません。
昔はあったでしょうが、
廃盤処理をしてしまっているかも知れません。
そのような場合は、
録音違いのものを使用せざるを得ません。
そんな時には事情を説明して
当時のヒット・ヴァージョンではないことを
断るくらいの丁寧さが必要ではないでしょうか。

 かく言う私も、
昔の音楽には特別に大きな興味があり、
よく番組を作ったりしますが、
昔のことをすべて知っているわけではありません。
しかし、出来うる限り調べて紹介するようにしています。

 調べるたびに思うことは、
アメリカのデータなどに比べると、
レーベルやレコード番号など、
基本的なデータすら残されていないのが実情です。

 現在日本で最も良く知られていると思われる
業界誌「オリコン」でさえ、
レーベルなどは記されていません。
発売会社名は記されていますが、
同じ会社でいろいろのレーベルを持ち、
一つの演奏者がレーベルを変えて、
録音を残している場合もあります。

 今後、音楽が配信の時代になると、
ますます、ヒットしたヴァージョンに関するデータ、
記録が曖昧になることが予測されます。
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by musicsfukuoka | 2006-01-21 17:06 | オールディーズ

資料整理

 1970年代に入ってますます音楽が好きになっていました。
60年代にレコード会社に就職し、
70年代はフリーになって
放送関係の仕事を始めました。
70年~80年代は東京、大阪に出掛ける機会も多く、
この機会を利用して、仕事の合間にはレコード店回り、
そして資料探しに時間を費やしました。

アメリカにはビルボード誌という
歴史も権威もある音楽業界誌があり、
データの管理がしっかりなされています。
このような素晴らしいものまでとはいかなくても、
同じように歴史をきちんと伝えるような
資料を残したいと思うようになりました。

整理するうちに、ある楽曲、それも同じ演奏者でも
違った録音が存在することが
多々あることが分かりました。
ヒット曲は、そのヒットした時の音そのものが、
時代を作った音であり、
多くの人々が魅せられた音を
「ヒット・ヴァージョン」として
大いにこだわることにしました。

同時に資料として整理する場合、
外国の曲といえども
日本のマーケットで紹介されるものであり、
邦題を尊重し、
アーティスト名も日本に於ける慣習もふまえながら、
出来るだけオリジナルに近い表記にすることにしました。

特にレコード会社は数社あって、
統一されているわけではないので、
例えば David をデビッドと表記する会社もあれば、
デヴィッドと記するところもあります。
これをそのまま登録すると、
コンピューターなどで検索する場合、
不都合なことが起こります。

また私は日本語の発音にはない
V も「ヴ」と表記することにしました。
残念ながら私の間抜けた面もあって
徹底しているとは言い難いのですが、
このように気にしています。
ちなみに David は
「デイヴィド」と表記しています。
このブログでも私たちのホームページでも
原則的にはこのように表記しています。

 また「ヒット・ヴァージョン」を特定するために、
資料にはレコード・レーベル、
レコード番号も記すこと、
またオリジナル・タイトル、
アーティスト名も原語で示し、
可能な限り、レコードで直接確認することにしました。

残された資料を調べると中には
アメリカでのデータとごっちゃになっているものも多かったので、
日本でのヒットを確認するために、
日本盤のデータを記録に残すことでした。
このお手本には、
ビルボードという素晴らしい業界誌があます。
また、そのデータを独自に分析、
まとめたジョエル・ウィッツバーンのデータ集に
1977年に出合い、
手引き書的存在になりました。
また今は廃刊になった
キャッシュ・ボックス誌も一時期は
ビルボード誌以上の魅力ある
データ分析を行っていました。
1970年代、はじめてそのデータ集に
出会ったことが、こだわりのはじめでした。
 
このページはミュージックス福岡の大薗が作っています。
洋楽についてのミュージックス福岡のホームページもご覧下さい。
通信販売も行っています。
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by musicsfukuoka | 2006-01-20 15:54 | オールディーズ

私のことを少し

 ここで筆者自身のことを少し。
当時私は小学生でした。
音楽はまだ好きとか嫌いとかいった
認識はなかったと思います。

しかし、両親がよくラジオをかけていましたので、
ついでに耳に入っていました。
曲名や演奏者名までは知りませんでしたが、
耳に残っている曲はありました。

私が音楽を意識して聴くようになったのは
1959年ころからです。
音楽が好きになると、
かつて聴いたことのある曲の曲名や
誰が演奏しているのかが知りたくなりました。
自分が意識して聴くようになってから
以後の曲は詳しくなりましたが、
意識して聴くようになる前の曲は、
わずか1ヶ月前のことでも
不確かなことを思い知りました。

それで、いろいろ調べることにしましたが、
詳しくなったとはいってもまだビギナー。
本格的に調べがつくようになったのは
1970年代に入ってからでした。

このページはミュージックス福岡の大薗が作っています。洋楽についてのミュージックス福岡のホームページもご覧下さい。通信販売も行っています。
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by musicsfukuoka | 2006-01-18 15:57 | オールディーズ