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皆殺しの歌

 ジョン・ウェイン、ディーン・マーティン、
リッキー・ネルソン、ウォルター・ブレナン主演の
西部劇「リオ・ブラヴォー」が
封切られたのは4月で、
その4月にはタイトル・ナンバーの
「リオ・ブラヴォー」と
劇中ではディーン・マーティンと
リッキー・ネルサンが歌った
「ライフルと愛馬」が、
レコードとしてはディーン・マーティンと
コーラスによるものだったが、
早速ヒット・パレードに登場し、
「ライフルと愛馬」はロング・ヒットとなり、
8月もなお、ベスト・スリー内に留まっていた。
その8月にこの映画から3曲目となる
「皆殺しの歌」が
ヒット・パレードに登場した。
この映画の音楽を担当したのは
ディミトリ・ティオムキンだが、
「皆殺しの歌」は古いメキシコの曲を
アレンジしたものだそうだ。
また、この曲は1960年の
「アラモ」でも使われた。
 「皆殺しの歌」は
ネルソン・リドル楽団の演奏でヒットした。
 参考までに「ライフルと愛馬」は
ディミトリ・ティオムキンのオリジナルだが、
メロディーはすでに1948年に、
映画「赤い河」で使われていたそうだ。
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by musicsfukuoka | 2009-09-04 16:27

1978年2月19日付けランキング

「今週のベスト・テン」(東京放送)順位

1位 月影の渚
2位 クワイ河マーチ
3位 四月の恋
4位 エデンの東
5位 パパと踊ろうよ
6位 O.K.牧場の決闘
7位 監獄ロック
8位 リトル・ボーイ
9位 ダイアナ
10位 タミー
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by musicsfukuoka | 2008-02-19 17:53

1957年9月の出来事から

9月1日  日本初の盲導犬
9月23日 大阪市に主婦の店「ダイエー」開店
9月26日 塩化ビニール13社に輸出カルテル承認
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by musicsfukuoka | 2007-09-29 18:56

ヒット・パレード

1956年12月29日付順位
東京・文化放送「ユア・ヒット・パレード」
1 エデンの東 ヴィクター・ヤング楽団
2 誇り高き男 スリー・サンズ
3 ケ・セラ・セラ ドリス・デイ
4 カナダの夕陽 ユーゴー・ウイターハルター楽団
5 ヘッド・ライト サウンド・トラック
6 アイ・ウォント・ユー、アイ・ニート・ユー、アイ・ラヴ・ユー
     エルヴィス・プレスリー
7 ラヴ・ミー・テンダー エルヴィス・プレスリー
8 ジャイアンツ サウンド・トラック
9 冷たくしないで エルヴィス・プレスリー
10 ハイ・ソサエティ ルイ・アームストロング
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by musicsfukuoka | 2006-12-29 15:51

冷たくしないで、ハウンド・ドッグ

 エルヴイス・プレスリーにとって
初期における最大のヒットになったレコードに
「冷たくしないで」と「ハウンド・ドッグ」がカップリングされた
文字通りゴールデン・レコードがある。
 アメリカではビルボード誌の1956年8月4日付けで、
まずB面の「ハウンド・ドッグ」が24位でチャート・インし、
翌週11日は11位まで上がった。
そしてこの11日付けでは
A面の「冷たくしないで」も28位にチャート・インした。
8月25日付けでは2曲ともベスト・テン入りし、
「ハウンド・ドッグ」は3位
(パティ・ペイジの「アレゲニー・ムーン」と同順位)、
「冷たくしないで」は6位だった。
 9月8日付けで「ハウンド・ドッグ」2位、
「冷たくしないで」3位、
翌18日付けでは「冷たくしないで」が1位、
「ハウンド・ドッグ」が3位になった。
 結局2曲が共にベスト3内にランクされていた期間は5週間、
どちらか1曲がベスト3に入っていた期間は11週間だった。
ちなみに10月6日付けでは1位「冷たくしないで」、
2位「ハウンド・ドッグ」と1、2位を獲得している。
 一方、日本での状況は、
「ユア・ヒット・パレード」を元にみてみると、
ここでもAB面共にヒットをしている。
11月に入ってはじめに「冷たくしないで」がチャート・イン。
12月に入っても10位あたりで停滞していた。
57年の1月後半にようやくベスト・5入りしたが、
最高順位は4位だった。
 「ハウンド・ドック」は遅れてチャート・に入ってきたが、
ついにベスト・テンに入ることはなかった。
 エルヴィス・プレスリーの日本でのヒットは
「ハートブレイク・ホテル」、「アイ・ウォント・ユー、
アイ・ニード・ユー、アイ・ラヴ・ユー」に続いて
「冷たくしないで」、「ハウンド・ドッグ」は
3曲目、4曲目のヒットだったが、
まだ、エルヴィス・プレスリーの
評価を決めかねている様子が窺える。
このころ発売された4曲入り
「エルヴィス・プレスリー・スタイル」の
レコード評が音楽誌に出ているが、
それによると「ブルー・ムーン」は
「音程も悪く、人気ばかりが先に出て、
実力を持たざる者の悲哀をみせつけられる。」とあり、
「トゥッティ・フルッティ」は「お粗末なエレキと
情緒不足のエンディングが気になる」。
「マネー・ハニー」は「いかにも太陽族的で
あまり品はない。」といった調子だった。
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by musicsfukuoka | 2006-12-09 17:40

トゥルー・ラヴ

 「ユア・ヒット・パレード」に
映画「上流社会」から
ビング・クロスビーとグレイス・ケリーとの
デュエットによる
「トゥルー・ラヴ」がランク・インしてきた。
 この映画からは一足先に
ルイ・アームストロングの
「ハイ・ソサエティ・カリプソ」がヒット中。
アメリカでは「トゥルー・ラヴ」
はベスト・テン・ヒットになるほどの
ビッグ・ヒットになったが、
当時は日本では
たいしたヒットではなかった。
 現在では「ハイソサエティ・カリプソ」は
あまり聞かれず、
「上流社会」からの音楽というと
「トゥルー・ラヴ」という認識に変わっている。
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by musicsfukuoka | 2006-10-20 17:38

さらばジェイムス・ディーン

 「エデンの東」に主演して
一躍トップ・アイドルとなったジェイムス・ディーン。
映画が公開されたのは1955年10月中旬だったが、
その主題曲はすぐにヒット・パレードに登場し、
東京・文化放送の「ユア・ヒット・パレード」では
12月には早くも1位を獲得している。
この状況を作ったのはジェイムス・ディーンの
早すぎる「死」によるものだと思う。
 「エデンの東」に続いて作られた
「理由なき反抗」、
これは「エデンの東」の成功により、
ジェイムス・ディーンの人気に便乗したような
形で制作されたものと思われる。
「理由なき反抗」の撮影をしているころから、
ジェイムス・ディーンは
レーシング・カーに夢中になっていた。
 そして第3作目に「ジャイアンツ」が制作された。
「ジャイアンツ」の撮影は終了していたが、
完成はしていなかった。
そんな時、愛車のポルシェ・スパイダーを飛ばしていて、
カリフォルニア州の路上で、
対向車と正面衝突し、この世を去った。
スターになってわずか1年。24才。
その日1955年9月30日のことだった。
この事実からも分かる通り、
日本で、「エデンの東」により、
ジェイムス・ディーンが登場した時、
すでにジェイムス・ディーンは
この世にはいなかったのである。

 特に日本の大ヒットにより、
ジェイムズ・ディーンを偲んで、
ダイラン・トッドの「さらばジェイムズ・ディーン」という歌が
1956年7月に「ユア・ヒット・パレード」に登場した。
ダイラン・トッドはアメリカでは
1曲もヒットはなく、詳しい経歴など解らない。
ダイラン・トッドの「さらばジェイムズ・ディーン」が
初登場した週も1位は「エデンの東」だった。
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by musicsfukuoka | 2006-07-30 17:43

ムーングロウとピクニックのテーマ

 本当にこのころはラジオのヒット・パレードは
映画音楽全盛の時代だった。
 相変わらず「エデンの東」は1位独走状態。
「黄金の腕」、「愛情物語」も上位にあった。
これらを発売していたのは
デッカ・レコードだった。
 そして6月からは、
同じデッカ・レコードから
映画「ピクニック」のテーマ、
「ピクニックとムーングロウのテーマ」が
チャート・インしてきた。
これにあわせてデッカ・レコードは
オリジナル・サウンド・トラック録音による
「ピクニックとムーングロウのテーマ」、
「黄金の腕」、「愛情物語」、
「ムーンライト・セレナーデ」の
4曲入りEP盤も発売している。

 「ピクニック」の音楽は、
ジョージ・ダニングが担当し、
「愛のテーマ」を書いたが、
映画で一番印象的なダンス・シーンでは
スタンダード・ナンバーの
「ムーングロウ」に重なるように
「愛のテーマ」が流れ、
これが大ヒットになった。
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by musicsfukuoka | 2006-07-13 15:49

40年前はビートルズの来日。では50年前は?

 世間では40年前、1966年6月
ビートルズが来日したと
大騒ぎしていますが、
何か忘れてはいませんか、ってんだ。
 50年前、1956年6月20日
エルヴィス・プレスリーの記念すべきレコード
「ハートブレイク・ホテル」が発売された。
 「ハートブレイク・ホテル」は
エルヴィスにとっては日本においては
「忘れじのひと/ミステリー・トレイン」に続く
2枚目のSP盤だった。

 東京・文化放送の「ユア・ヒット・パレード」には
6月に初登場している。
6月23日付けで第15位。30日付けでは17位。
この新しいロックン・ロールにとまどいを表しているようだ。
7月に入っても7日付け15位、14日付け14位と
爆発的ヒットには至らなかった。
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by musicsfukuoka | 2006-06-26 15:44

ハーレム・ノクターン

 5月のヒットに「ハーレム・ノクターン」がある。
1955年末に発売されたサム・テイラー、
ジョージ・オウルドのいずれもテナー・サックスを
フィーチャーした演奏がヒットした。
 曲は1940年に作られ、
はじめはアルト・サックスで演奏されていたという。
日本でも1952年にウディ・ハーマンの
アルト・サックスをフィーチャーした
デイヴィド・ローズ楽団のレコードが
紹介されたそうである。
 日本では特にテナー・サックスの演奏が好まれ、
この時以降、ムード・ミュージックの
定番中の定番となった。
 サム・テイラーはたびたび来日して、
日本の曲も録音し、超人気を獲得したが、
ジョージ・オウルドは、このヒット以後、
あまりレコードも復刻されず忘れ去られた状態にある。
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by musicsfukuoka | 2006-05-30 16:09